今日味新深(No.38:2011/10/07)
今年6月に神戸のポートアイランドに整備されている次世代スーパーコンピュータ「京コンピュータ」が、世界一の計算能力を更新したニュースが流れました。2009年秋の事業仕分けでは予算見直しを迫られましたが、学会や産業界からの後押しでほぼ予定通りに計画が進められ、日本のスーパーコンピュータが世界一に返り咲きました。
ここ数年、弊社でもコンピュータを用いたシミュレーション技術の動向についての調査を受託して実施してきており、2010年3月に京コンピュータの産業利用を支援する(財)計算科学振興財団からの委託を受けて、「スーパーコンピュータの産業利用事例集」を作成しました。
この事例集は、主に地球シミュレータや大学が保有するスーパーコンピュータを民間企業が利用した実績の中から、わかりやすい成果事例を15件抽出して解説した小冊子です。当初1,000部の予定で発行した事例集は注目を浴び、1年半の発行部数は7,000部に達しました。
事例集の中には、身近なパソコンでも実現可能な小規模シミュレーションによる成果も収録されています。一例として、産業界の中でも第一次産業へのコンピュータ・シミュレーションの活用として、イカ釣り用のオモリの設計に活かした事例を紹介します。
鉛は有害性が指摘されておりましたが、高比重、低融点、加工が容易、そして低価格等の理由から、長年に亘り釣り用オモリの原材料として使われてきました。既存の釣り用オモリは、単に重さだけが重要視され、形状に関しては製造者もユーザーも勘や経験に頼り、データの裏付けなど全くない状態で開発されてきました。
このようなことから、鉄等の代替材料は性能が低下するのではとの恐れから適用が困難と考えられていました。なかでもイカ釣り用オモリは、釣りで使用されるオモリの約6割(重量換算)を占めており、さらにそれは沈降性能の向上も強く求められていました。
そこでイカ釣り漁が盛んな函館市にある釣り用オモリメーカーの(株)フジワラでは、北海道立工業技術センターの協力を得て、コストの安い鋳鉄を鉛フリー材料として使用して、高い沈降性能を有するイカ釣り用オモリの開発を開始しました。
流体解析シミュレーションにより、これまで沈降速度が速いオモリとされてきた鉛製オモリの実態が解析されました。その結果、実際には沈降時の姿勢が斜めになり大きな抵抗を受け、さらに姿勢そのものも安定しないことがわかりました。また速く安定的に沈降させるには、オモリの後部に羽を設けて羽の面積及び位置とオモリの重心位置との関係を最適化することにより、沈降時の抵抗が最も少なく、かつ直進性も向上することが明らかになりました。
開発した鉛フリーのイカ釣り用オモリは、薄い羽と胴体部を一体構造とすることによって流体特性を向上させていますが、これは鉛のような軟らかい材料では難しく、高強度の鋳鉄だからこそはじめて実現できたともいえます。シミュレーションと実験で性能が証明されてからは、イカ釣り用オモリが急速に鉄製に置き換わりました。
コンピュータ・シミュレーション技術は、これまでの物理・化学・生物等の科学の世界から、医薬、製造、金融、流通等のあらゆる分野に適用が拡大しています。