米国やEU各国の電力市場では、ネガティブ・プライス(マイナス価格)という現象が起きています。ネガティブ・プライスとは、電力取引市場においてマイナスの電力価格で取引をすること、つまりお金を支払って需要家に余剰電力を引きとってもらうことです。計画的な発電が難しい太陽光や風力などの再生可能エネルギーが急速に拡大した結果、発電量が需要を上回って余剰電力が発生する場合があります。発電を抑制するよりもお金を払って電力を引き取ってもらったほうが発電事業者にとって経済的メリットのある場合に、マイナス価格で電力取引が行われます。
現時点において日本ではネガティブ・プライスは導入されていません。電源に占める再生可能エネルギーの割合がまだ低いことや、卸電力市場で最低入札価格が定められているためです。その代わりに余剰電力が発生した場合には、あらかじめ決められたルールに基づき、再エネによる発電が制限されます。例えば、九州エリアでは2023年度に129億kWh(年間需要量の15.5%に相当)の出力制御が実施されました。当然ですが出力制御は再エネ発電事業者の収益に悪影響を与えます。
電力需給には同時同量の原則があり、発電量と消費量が一致せず電力網の周波数を維持できないと、発電所が停止して大規模な停電が発生するリスクがあります。日本では余剰電力を必要な時まで貯蔵する蓄電システムや、他地域での電力需要向けに供給する送電線が不足しているため、余剰電力が発生した場合に備えて出力制御のルールが定められているのです。
電力需給のバランスを維持しつつ再エネ拡大を進めていくには、送電網や需給調整システムの強化が課題となります。送電網の増強は、一般送配電事業者や電力広域的運営推進機関が主体となり、中長期の電力需要見通しに基づいて計画的に進められています。一方、需給調整力については、調整力*1の効率的な調達や調達コストの透明化を目的として、多くの事業者からの提供が期待されています。必要な調整力を確保する仕組みである需給調整市場は、2021年度から徐々に整備され、2024年4月に本格的にスタートしています。調整力を持つ事業者が送配電事業者と調整力を取引する市場です。
調整力は応動時間や継続時間等の要件によっていくつかの種類に分けられます。応動時間は、調整力発動指令に応答して放電開始するまでの時間、継続時間は決められた出力で放電を継続する時間です。最も時間が短いケースで応動時間10秒以内/継続時間5分以上、最も時間が長いケースで応動時間45分以内/継続時間3時間と定められています。現在の調整力は主に火力発電や揚水発電ですが、再エネ拡大に向けてとくに関心が高まっている調整力が蓄電池です。
蓄電池を電力系統の調整力として活用するビジネスは、系統用蓄電池ビジネスと呼ばれます。事業者は調整市場で約定した電力を卸電力市場で調達して充電し、周波数調整が必要になった場合には落札者(送配電事業者)の要求に応じて放電します。調整力が不要になった場合に余った電力は、次の応札に備えて保持するか、あるいは卸電力市場で売却します。調整力取引だけではなく電力取引の差額も事業者の収益となります。
蓄電池には、リチウムイオン電池、鉛蓄電池、ニッケル水素電池、超電導電力貯蔵、電気二重層キャパシタ、フライホイール蓄電など多くの種類があります。また、エネルギー貯蔵の原理も電気・化学エネルギー、運動エネルギー、磁気エネルギーなどさまざまです。さらに、出力、容量、充電・放電時間、エネルギー密度などの特性は蓄電池の種類により大きく異なります。それぞれの特性を活かした用途に対して、エネルギー効率向上やコスト低減を目指した技術開発が進んでいます。
*1「調整力」とは、周波数制御、需給バランス調整その他の系統安定化業務に必要となる発電設備(揚水発電設備を含む。)、電力貯蔵装置、ディマンドリスポンスその他の電力需給を制御するシステムその他これに準ずるもの(ただし、流通設備は除く。)の能力をいう。
出典:電力広域的運営推進機関 業務規程 定義